青山ブックセンターの営業中止という残念なニュース。行く度に、重くて持ち帰るのに一苦労するぐらい、予想外の本を買い込んでしまう楽しみが無くなってしまうのか。一方で、ものすごい勢いで広まっているブログなどでを利用した「ネット個人書店」。物販をめぐる、おそらく最も象徴的な、この二つの出来事をテーマに、リアル書店とネット書店の利益構造がどう異なるのか?アフィリエイトによる物販を含めて詳しく調べてみました。
アプローチとしては、市場規模やユーザー数といったマクロ的な分析ではなく、個別の店舗の収益構造を明らかにするために、書店を営業するための、初期投資、在庫管理/売上総利益率、運営費/経常利益率を、実際のリアルな店舗とネットショップ、アフィリエイト・サイトで比較してみます。
実際の書店の経営を理解する上では、出版物卸売会社の太洋社のホームページに「書店開業講座」というコーナーがあって、経営数字を具体的に書いてあり非常に参考になります。この講座に書いてある開業のポイントを、ネット商店とアフィリエイト・サイトに当てはめてみます。
アフィリエイト・サイトは、G-Toolsなどのアフィリエイト・ツールを利用してブログで書籍を紹介するなど、一般の人が手軽にはじめられるケースを想定します。
まずは、書籍販売の特色である「委託制度」を理解する必要があります。書店開業講座から要約すると、委託制度といっても、商品の仕入れ時には支払いが必要。売れ残った場合には、ほとんどの商品を返品できます。ただし、商品を「委託商品」にするかは出版社の判断。一部の出版社や、美術本などの豪華本は買い切りも多い。また、返品できる期限である「委託期間」が存在するので、在庫管理が悪いと、買いきり品の売れ残り、委託期間切れなどの不良在庫がでる。これに万引きなどの損害も加味して、一般的な在庫ロスは1%前後。2%だとと商品管理に問題があるそう。
商品の特性としての書籍については
◆第19回◆ 書店出店の資金計画 その1
書店の粗利
取次から書店へ商品を卸す卸値は、商品の定価に対する率として計算されます。この率を正味と呼びます。
正味は出版社・商品によって細かく異なりますが平均するとだいたい、
雑誌 77%
コミック 75.8%
書籍 78%
ぐらいです。ただし、専門書のなかには非常に高い正味の商品が多く、専門書中心の品揃えをすると粗利率が低くなります。(個人的には、回転率の悪い商品が逆に高正味なのは不合理だと思っていますが。)先に平均的な書店の粗利益率が21.5%としましたが、あくまで一般的な品揃えの書店の場合なわけです。
ということで、書籍という商品はあまり店舗にとって利益率の高くない商品だということがわかります。以下、商店経営のポイントをネット書店、アフィリエイトサイトの比較をしますが、先に要約をまとめてしまいます。
- 多品種少量物流の書籍という商品は、在庫管理のコストが極めて高い
- 再販制度で卸値が固定されているので、在庫回転率の向上と、運営コストの低下以外に利益率を高める手段は無い
- リアル書店は、多額の初期投資が必要で、利益率をあげないと将来の投資どころか元金返済もおぼつかない
- リアル書店の経費のうち人件費が大きな割合を占め、売上総利益に対する人件費の割合が高い書店は、経営難に陥る可能性が極めて高い
- ただし人件費の削減は、店舗の魅力低下とトレード・オフになるジレンマ
- ネット書店は、システムの初期開発費を適正に抑え、その後のシステム運用費を、売り上げ金額の5%前後に抑えられれば、既存のリアル書店と同等のコスト
- ネット書店は、IT技術による在庫回転率の向上と人件費削減で、配送コストや決済手数料などのネット特有の追加コストをカバーする必要がある
- ネット書店は、同じシステムを流用して、より利益率の大きい他の商品(エレクトロニクスなど)に拡大していくことで、大幅な利益率の向上を期待できる
- ネット書店は、アフィリエイト制度を利用して、広告・宣伝・コンテンツ制作などの経費を削減、利益率を高めることができる
- アフィリエイト料率の3~5%は売上総利益率にあたるが、アフィリエイトの初期投資、運営費は限りなくゼロに近い。したがって売上総利益率=経常利益率と考えると、超有料書店(通常の書店は1~3%)に匹敵する
- 「主婦が暇な時間でアフィリエイト」などの、顕在化しない”隠れた安い労働力”と、リアル書店は人件費面で競争していかなくてはいけない
というような状況で、リアルかネットかという議論の前に、書店を経営すること自体が非常にハードルが高いことが分かります。青山ブックセンターのケースでは、マニアックな書籍の在庫回転率が悪く、単価が高いわりに粗利率が低い、ということも要因の一つなのでしょうか?
以下、比較の詳細です。リアル店舗は、最近の開店店舗の平均的な大きさの100坪の店舗と想定しました。
新規店 2000年 600店舗 58,362坪数 平均坪数97.3
廃業店 2000年 1,253店舗 53,229坪数 平均坪数44.1
初期投資 | |||
リアル書店 | ネット書店 | アフィリエイト書店 | |
取次ぎとの、最低取引金額 | 取次ぎによる。月200万円以上 | 取次ぎによる。月200万円以上 | なし |
担保・保証金 | 500万円~ | 500万円~ | なし |
初期投資 | 店舗建設(100坪:5000万円~) | システム開発(数億円~) | アフィリエイト加入無料 |
商圏 | 半径数km程度? | 検索 + ネットでの知名度 | 検索 + ブログ等の読者 |
在庫管理 / 売上総利益率 | |||
リアル書店 | ネット書店 | アフィリエイト書店 | 商品の仕入れ | 必要(100坪:4000~6000万円) | 必要(大規模) | 不要 |
取り扱いタイトル | 100坪:5万タイトル | 500万~ | 数十~数百タイトル |
在庫数 | 100坪:7万冊程度 | 不明 | なし |
在庫ロス | 1%前後 | リアル書店よりは大幅にいい? | なし |
返品率 | 40%前後 | リアル書店よりは大幅にいい? | なし |
在庫回転率 | 最低 4回転以上 | リアル書店よりは大幅にいい? | なし |
月商 | 在庫5000万×4回転÷12ヶ月 = 100坪:最低1667万円 | システム投資と回転率の兼ね合い | 赤字になることはない |
卸値(正味) | 定価の75~78% | 定価の75~78% | なし |
売上総利益率 | 21.5%前後 | 20%程度? | 3~5% |
運営費 / 経常利益率 | |||
リアル書店 | ネット書店 | アフィリエイト書店 | 賃料 | 売上総利益の25%以下目安=売り上げの5%前後 (月商1700万円なら85万円) | システム運用費も、売り上げの5%程度に留めたいところ? | 月額1000円のレンタル・サーバなら、月売り上げが10万円でまずまず? |
労働分配率 | 売上総利益に対する人件費の割合30%、社会保険を含んだ法定福利をいれて、35%目安=売り上げの7.525%。しかし実態は10%を越える書店が多い | IT化によって、大幅な低減を期待できる? アフィリエイトの活用で、広告・宣伝・コンテンツ制作もコストカット可能 | 暇な時間で、お小遣いかせぎ程度から~ |
棚卸 | 半期~決算期 | リアルタイム | 毎日~一月に一回 |
棚卸のコスト | 店舗システム+高い人件費 | 巨大な在庫・物流管理システム | 管理ツールなど |
売掛金 | 当月(現金払い) | 翌月(クレジット払いが主?) | 4半期毎(Amazon) |
決済手数料 | なし~1%?(現金払いが主) | 1~2%(クレジットが主) | なし |
配送コスト | なし | 5~8%ぐらい? | なし |
経常利益率 | 理想3% 実態は1%以下 | 同じシステムで、より利益率の高い商品を大量に売ることで経常利益率は向上 | 初期投資、運用費が低くて経常利益率3%以上なら、超有料書店? |
こうまとめてしまうと、なんだかリアル書店に将来はあるのか?というような内容になってしまいますが、個人的にはリアル書店が大好きなのです。そして好きな書店は、在庫回転率と人件費を合理化したコンビニ的なチェーン店ではなく、手間のかかった独自の品揃えを、ゆっくりと手にとって見ることができる書店です。
アフィリエイトを利用した個人書店は、初期投資と運営費が限りなくゼロであることで、急速に拡大しています。このようなメリットを、リアル書店も享受することができたなら、あるいは新しいタイプのリアル書店が生まれてくる可能性もあるのかもしれません。
ひとつの見方として、現状のリアル書店は在庫管理という「倉庫の管理」に忙殺されていて、肝心の店作りに人的リソースを配分する余裕がないのが問題なのかも。
200坪の店舗では、最低でも70,000アイテム、冊数にして140,000冊が在庫されています。最近開店する書店(特に郊外型)は、さらに大型化されて400坪を超える店舗も増えており、在庫されているアイテム数、冊数はさらに多くなっています。
発刊されて半年位の書籍やロングセラー書籍は、1アイテム複数冊数が在庫されていますが、70%近くが1アイテム1冊となっており、書店は究極の多品種少量物流倉庫と考えられます。
全体の70%が出版社から取次経由で書店に入荷
新刊発行数は年々増加しており、2002年度で69,000アイテム、営業日を考慮すると実に1日約280アイテムの新刊書籍が新たに入荷
(中略)
棚卸作業は、70,000アイテムもの商品を毎月棚卸はできない為、半期毎か決算期にまとめて行っている書店が多いようです。書籍は正面から商品価格がわからない為、1冊づつ棚から抜いて取次提供のハンディターミナルでスキャンして価格と冊数を調べる、気の遠くなるような作業を行っています。
店舗管理システムで商品アイテム単位の在庫数管理をしていても、半年や1年単位で棚卸を行っている為、棚卸冊数との差異が生じた場合、1年先まで遡って原因の把握する事が難しいですし、在庫過多になっている事が判断できず、会社の財務状況に悪影響を与える場合もあります。
書店の経常利益率は平均で1%を割っており、IT化投資ができず物流業務の効率化を図る事ができない書店も数多くあるのが現状です。
AmazonのXML Webサービスとアフィリエイト制度の普及によって、WEB上に無数の個人書店が登場し始めたように、リアル書店にも、在庫管理をサポートして、初期投資、運用コストが低くてオープンなシステムを提供するサービス・プロバイダー企業の登場が不可欠なのかもしれません。
そのようなオープンなインフラがあれば、カフェやセレクト・ショップの1コーナーで、数は少ないながらもマニアックな書籍が購入できたり、新しいタイプの書店が生まれてくる可能性もあるのではないでしょうか。
青山ブックセンターの営業中止は、一つの時代の終わりを意味しているのかもしれませんが、クリエイティブなメディアとしての書籍が無くなるわけではなく、ネットやIT技術を駆使した新しい形の書籍流通が生まれてくるのを期待したいところです。
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