全身に感じよう、アフリカ。降り注ぐ太陽、青空に踊り散る雲、草いきれ、砂漠の熱気、象の声。飲み干そうアフリカの水。人類の起源の発する律動、それは我々を覚醒させてくれるかもしれない。世界はまだ若いのだ、人類は幼いのだ。智慧を求めて、我々は彷徨い続けている。坂本龍一は、アフリカで果たして何をみたか?
坂本龍一のアフリカ ― ELEPHANTISMというDVD書籍の出だしの文。アフリカには前から興味があったものの、旅立ちを後押ししてくれるには十分なほど魅力的なドキュメンタリーです。
NYに住んでいる坂本龍一さんが、911事件で受けた衝撃から、人間の攻撃性というものの根源を見極めるためにアフリカに旅立つ。という出だしではあるものの、アフリカの大自然のなかで、人間のひとつの感情が小さく見える、より大きく包含する何かに気づいていことによって、生物としての感覚を取り戻す過程が、美しい風景と音楽で奏でられています。
その中でも「象とコミュニケーションするための辞書をつくっている」ジョイス・プール博士、象の鳴き声の研究と音楽、音という共通点を持つ二人の対話は、アフリカに住む象についての、深い知識をもたらしてくれます。対話の後には坂本教授が、サバンナの象の群れのなかでピアノを弾く。その結果は見てのお楽しみということで、ここではDVDで紹介されている、象についての知識をすこし整理してみます。
象は子供を4~5年に一度産み、ほとんどは一頭のみ。ごくまれに双子が生まれることもある。1歳半~2歳ぐらいで牙や歯が発達し、オスの牙はメスよりも太く、頑丈になる。
オスは14歳ぐらいまで家族の群れに留まって、その後独立する。14~15歳ぐらいの間に、徐々に時間をかけて旅立ちの準備をして、オスだけのブル・エリアと呼ばれるグループに参加する。発情期になると、色々な家族を訪れてメスを探す。相手を見つけると、3日間だけ一緒にすごすそう。メスをめぐる競争もあって、一頭のメスを30頭のオスで奪い合うこともあるそうだ。
オスの象は50歳前後まで、成長を続けて大きくなる。メスは途中で成長が止まるので、最大でもオスの象の半分ぐらいの大きさ。
象は家族でグループをつくるけれど、エサが豊富かどうかなど、周辺の環境によっていくつかのグループに分散することもある。何らかの家族関係にある複数のグループは、ボンド・グループと呼ばれ、同じグループに属していたり、同じ家族の仲間は、互いに特別な方法で挨拶をする。
ジョイス・プール博士は、何千種類もの鳴き声を収集、分析していて、象たちの非常に複雑なコミュニケーションの意味を理解しようとしている。たとえばグループの中で、ある一頭が「さあ出発しよう」という鳴き声を発すると、それに答えるかたちで、みんなでどこに行くかが話し合われ、時には意見が割れることもある。その議論には、家族全員ではなく大人だけが参加するのだけれど、非常に長い時間をかけて結論に達することもある。他にも、象たちが楽しくなってくると交互に交わす、トランペットのような鳴き声や、子供が母親に乳をねだる声など、DVDで聞くことができます。
象が発する低周波の鳴き声は驚くべき強さで、最高で112デシベルぐらいある。この鳴き声は最大で10Km先まで届いたこともある。周囲の環境さえ整えば、10Km先の象ともコミュニケーションをとることができるのだ。ただし、個別の声の識別となると2Kmぐらい。
それに加えて、象は足を通して低周波をキャッチすることができることも、最近発見された。ゾウの足の裏は非常に繊細にできていて、そこからの刺激が耳まで伝達される。かれらはこの音を、30Km~40Km離れたところでもキャッチすることができる。
この領域は、まだ研究が始められたばかりだが、雷の音をキャッチしたり、こちらでは雨が降っていると認知できるように、40Kmのゾウの存在も認識できるのではないかと考えられている。
人間が観察するゾウの群れは、目の前の視界に入る10数頭かもしれないけれど、ゾウにとっては、さっき通り過ぎていった近くの群れも一緒のグループなんだという認識の違いがある。
また象は高い認知能力も持っている。サファリの車の中に乗っているドライバーを見分けて、以前に象の群れに危害を与えるようなことをした人物には、そのずっと後にも攻撃的になることがあるそうだ。また、人々が英語やスワヒリ語など、違う言語を話しているのを聞き分けることもできて、像を殺すこともあったマサイ族のことを非常に恐れる。ただし、同じマサイ族でも女性には攻撃をされないことを分かっているので、男性だけを避けようとする。
遠くから何かが聞こえてくる、遠雷かもしれない。しかしそれはもしかしたら、数十キロ先に草をはむ動物のつぶやきを僕たちの耳が、何かの拍子に聞き取ったのかもしれない。人間には不可聴域といわれる低周波のサウンドでも、サバンナでならわれわれの全身と、大地と、空気が共鳴して、何がしか感じ取れるのかもしれない。そんな気にさえ、させられる。サバンナには、象がいる。
象は、コミュニケーション能力が実に優れた動物である。人間には聞き取れない音も駆使して、さまざまな意思を互いに伝え合う。ある地域にいる100頭の声をそれぞれに聞き分ける、仲間の声だけでなく、人間の声も聞き分ける。匂いも嗅ぎ分ける。一度嫌なことをされた相手は実によく覚えている。像の前で人間は、嘘などつけない。正体を彼らには見破られている。そう思ったほうがいい。
繊細なかれらが緊張すれば、いかに鈍感な人間であろうがぴりぴりとした空気の振動を感じるはずだ。そしてリラックスしたときには、その優雅な雰囲気がぼくたちの全身を包んでくれる。
象たちは、われわれ人類など、とても相手にならないくらい長いこと、この星で暮らしてきた。
遠い昔、人間の祖先が木からおりて草原にあらわれたとき、象たちはどう思っただろうか。やんちゃな小さな動物を、手に負えぬと笑ったのだろうか。未来が思い遣られて深いランブル(うなり声)でも出しただろうか。いや、やはり今と同じように、横目で見ながらゆったりと自分たちの時間をすごしていたのだろう。
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